◆いざ泉岳寺へ! 加藤 小次郎(2002年度卒業)
「オマエは近世だってな、だったら朝メシ前だろう?ミニ台本くらい。稽古は週末、みんな集めておくから。」
事もなげに肩を叩いて決め、劇団の若き先輩はニコヽヽスタヽヽ去りかけた。
「ちょ、ちょっと」と、若き一研究生の僕。
「近世といってもボクのはですね、あの、実録天一坊から黙阿弥までというか、その」などと大いにまごついたが一瞬の「イキ」と「マ」でアッという間。ともかく週末には大石内蔵之助をはじめとする四十七士が勢揃いでやってくるというのだ。
ことの次第はこうである。2003年春から僕が研究生として所属した劇団俳優座には三年間の養成課程があって、その稽古場は品川区泉岳寺にある。つまり名高い赤穂義士の墓所である。その地で三年の学びの月日を送るからには半ば「地元住民」、毎年討入りの十二月十四日には義士祭と銘打ち、築地を起点に終点泉岳寺までの扮装パレードに参加するのが慣わしであった。年を追って沿道の観客も膨れ上がって五万人を越え、テレビ取材まで来る。こうなると単なるパレードだけでは大観衆の目に大根行列と映りもしよう。せっかく舞台人としての「物云う術」を三年間も訓練すべく集うたメンバーなのである、そろそろそいつに物云わせてもよき頃か。そんなわけで築地・増上寺・泉岳寺と、三ステージの大道パフォーマンスが決まるや、その「台本」作りの役が「ハイ」としか言えない新劇一年生の僕に回ってきた。
我らが俳優座にも昔「しんげき忠臣蔵」(福田善之作 千田是也演出 1969年)というパロディー演目があり、序幕にいたずらっぽく動詞「志んげく」の活用表が提示されていたらしく、するとこれは「連用形」?などと僕なども戸惑いながら読んだが、今回は「志んげかず」に文字通り大道を行く筋のものなのだろう。討入りの前夜の稽古日はすぐ迫ってきた。いよいよ足袋の中に小型ホカロンなどしのばせ師走の町へと出陣である。
大石内蔵之助:いざ泉岳寺へ!
数人:いざ泉岳寺へ!
全員:いざ泉岳寺へ!
大石:おのおの、勝どき
全員:おお! おお! おお!
堀部安兵衛:おお! 我ら四十七人の勝どきを祝福するごとく、雪晴れの朝 (あした)、東(ひんがし)の空には真紅の太陽。
大石:これより宿敵吉良上野介の首級(しるし)を、亡き主君の墓前に捧げ、ご無念を晴らす。
小野寺十内:思えば元禄十四年三月十四日巳の上刻、殿中松ノ廊下刃傷(にんじょう)より、はや二年の上、長い長い道のりでござりましたな。
堀部:一刀のもとに吉良を斬り捨てるおつもりが叶わず、殿中で刀を抜いた罪人として網乗物に乗せられていくその御心中。いまもって腸が煮えくり返りますなあ。
小野寺:ときめく播州赤穂城主、浅野内匠頭様のその御姿は、おいたわしさの極みでござった。
不破数右衛門:浅野家領地没収、赤穂城明け渡し。苦難に次ぐ苦難の道のりでございました。
大石:ご無念のほどいかばかりであったか。今はそれもこの空のように晴れ渡った。
大石主税:ハラハラと落花の下(もと)、暮れまさる春の夕べ、お腹を召された御主君の御辞世はかくの如くでござりました。
「風さそふ 花よりもなほ 我はまた 春の名残を いかにとかせん」
小野寺:なんと、なんとおいたわしい。恨みをのまれ、我ら臣下に全てを託して死につかれましたのじゃ。
堀部:許せん!実に許せん! 御遺志を継ぐ臣下三百人、次第に力失せ逃げ去り果ては裏切って、今、我ら四十七人。
大石:(抑えた泣き声がやがて笑い声と変わり)
「あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」
今、この拙き歌を大石内蔵之助、御主君浅野内匠頭様の御霊前に捧げ奉る。
主税:父上!
小野寺:大石殿!
全員:御城代様!
大石:主税。
主税:は!
大石:知っての通り、「浅野内匠頭家来口上書」を携え、吉田(忠左衛門)富森(助右衛門)の両名が目下、大目付の御屋敷へ自首に参った。
主税:はい。
大石:主税、そちを見るのもこれ限りであろうが、申し付けておいたことを忘れるでないぞ。
主税:心得ております。決して忘れはいたしませぬ。
大石:万一、一同の忠義に免じて助命のお沙汰があったところで、同志のものはともかく、我ら父子はそれをお受けしてはならぬ。我らのみは死をもって責めを果たす、よいな。
主税:ご心配下さいますな、父上!
大石:うむ。ではおのおの、ここで別れの挨拶を交わしておこう。さらば!
小野寺・堀部・不破:さらば!
全員:さらば!
大石:吉良の首級を高く掲げよ、間氏(はざまうじ)。
間十次郎:は、この私が?
大石:貴殿は上野介に最初の槍をつけ、首級をあげられた。
間:は、一身の面目にございます。(槍をあげる)
大石:うむ、元禄十五年十二月十四日、我等の志はついに成った。では今一度、勝どき!
全員:おお! おお! おお!
(鳴り物)
なんだか面白い道中であった。
「新劇もたまには天日の下で虫干しをした方がいいんだよ」などと、先輩方新劇の虫が言っている。 |